生産的な一日
一人で安ワインを飲んだ翌日
二日酔いで動けず、出前でラーメンを食べて
外に出る用事もキャンセルし
ひたすらベッドの上で過ごした
非生産的な今日。。
夫に話すと「日記を書きな」と言われた。
一年に一度のはてなブログだ。
夫、とさらりと言ってるが
先月入籍してから
夫、旦那、と呼べることが
嬉しくて、でもまだ慣れず、
いちいちにやけてしまう。
外で『奥さん』と呼ばれることも、
『妻』『嫁』とカテゴライズされることも、
幸せなことで仕方がない。
大好きな人と家族になれた。
未だに自分のことは子どもなのではと思うが
そんな自分が家族を作った。
器量のない私と結婚してくれた
夫には感謝しかない。
幸せだ、幸せだと声に出して話す。
時々自己嫌悪で消えたくなる発作も
目を背けられるようになった。
冒頭で非生産的な一日と言ったが、
今日岸田奈美さんのnoteを購読した。
これだけが本日の生産かもしれない。
家族への愛、人の優しさが
彼女達の周りには溢れている。
人も捨てたものではない、と泣きそうになる。
いい人ばかりじゃないが、
その人にも事情があるのかもしれない。
優しさとは、想像力なのかもしれない。
グループホームのくだりで
自分もグループホームで働いていた時のことを思い出す。
今思うとあの時の接し方は良くなかったなぁとか
色々考えさせられるけれど。
利用者さんとのコミュニケーションに悩んだ日々は
確実に今の自分の糧となっている。
良い支援者ではなかったかもしれないけれど、
働かせてもらえて良かったと思える。
もし自分の子どもに障害があったら
これを考えない日はない。
きっと『無理』だとも思う。
私は子どもを愛せるのだろうか。
まだ『母』ではない私には想像が出来ない。
でも愛する夫のことを思うと、
この人の子どもならきっと世界一愛せる
それだけは、断言出来る。
ごめんなさい
いつも同じだ
いつも同じ言葉で咎められる
自分の大切にしている正しさはときに
人を傷つける鋭い刃物であること
気付こうとしなかった
謝ったってどうしようもない
ありたい自分 なりたい誰かには
うつろな心が邪魔をする
自分で傷つけておいて
離れられる事がこわくてしがみついて
重荷になって潰してしまう
なんて私は弱いんだ
自分が可愛いんだね、と君は言う
可愛くなんかない
全然こんなやつ、可愛くない
ころしてしまいたい
それも許されない世界だから
泣きながらも仕方なくまた朝目を覚ます
そうして
傷つきあって抱きしめて
仲直りのフリをしてキスをする
きっと私たち、大丈夫
大丈夫、のフリをしていたら
いつか大丈夫になるかなきっと
勝手に祈って
ごめんなさい
うたい去りし花
君はコミュニケーションが下手だね、と
思わず口に出して伝える
私の方がよっぽど人との関わりが
下手くそなわけで
生きていればいいことがあると
漠然とした言葉だけれど
実際私は生きてるだけでいいことだらけだ
ただ少し疲れることもあるけれど
会いたかった人達にまた会えるのは
生きているからこそ
包み隠したい過去すらも
まるっと受け入れてくれる愛情に
どう応えることが出来るんだろうかと自問
それに加えて
聴いているだけで涙が出るほど
美しい歌に出会えている自分は
なんて恵まれた人間なのだろう
お酒に逃げる日々が続いてるし
夜は上手に眠れないし
本当のことは言えないけれど
もう少ししたら
大好きな人達に会えるから
下手くそなりに頑張ってるよって
ちゃんと言えるように
もう少しだけ無理をしてみようか
優しさとはさり気ない
文字通り忙殺されそうな日々
ある日どうにも出来なくなって
身体が動かなくなったものだから
「今日、休みます」とした。
後日職場の人達に私が無断欠勤したと
広くウワサになっていたもので
何人もの人から大丈夫かと心配された。
他人を気遣う余裕を持ちたい。
帰りの電車で
ふくふくとした赤ちゃんと目が合う。
なんて丸くて柔らかくて
思わず微笑みが漏れる。
守りたいものを持つことが出来たら
もっと頑張れるのかな。
いや、私は頑張れていると思う。
ていねいな生活は出来ていないけど。
まだ生ゴミを貯めていないだけ、生きている。
未来のことを考えることは好きだ。
今抱えている辛さを中和する。
ふと、蛍をみにいきたくなった。
ノスタルジーに触れたくなる。
田舎の、水の気配が傍にある場所は
私にとっての原風景であり
何よりもの癒しなのかもしれない。
突拍子もない私の希望に
そうだね行こうと応えてくれるひとがいる。
それだけで生きている価値がある。
君だけがいない街
この仕事は答えを与えることではなく、
答えを見つけさせることだよ、と。
傾聴という基本のなかの基本こそが
本質なのだと教えられた勤務二日目
今のところトイレに行きたがる犬を
外に出す時間が一番楽しい
とある病院の相談員として就職した
右も左も上も下も、分からないけれど
優しい人達に日々応援されている
早く頼られ、助けられるようになりたい
裏庭の、ぼうぼうと草が生えている花壇
いつから手がつけられていないのか
「マイナスからのスタートを楽しもう」と
私と同い年の娘がいると、
嬉しそうにしてくれた上司は
勤務初日に笑って言った
追いつきたいと、
尊敬出来る人がいる限り
私は頑張れる気がする
働く何日か前、
自分の主治医にアドバイスを求めた
「資格があるからと言って
何でも出来ると思わないこと
ゼロからやりなさい」
と
そのまた何日か前
明るく楽しく自分らしく
生きている人達に出会う
音楽のエネルギーに当てられる
「すごいね」と言われるのが苦手だと話す人に
やっぱりすごいんだもんなぁ、と考える
友達にそのことを話すと
「素敵ね」と言えばいいんじゃない?と
そう、素敵なことだ
愛し愛され人と繋がり生きること
みんなそうなんだということ
モラトリアムに乾杯
バイクで日本一周を目指す二十歳の青年は
まっすぐな字で日記を綴っていた
宇野のドミトリーで出会った大学生だ
「二十歳のとき何してましたか?」
と聞かれたけれど本当に何していたのかすぐ答えられず
馬鹿していたよ、なんて茶化してしまった
本当は私は二十歳の時も
必死に自分に向き合って生きていた
私が豊島に出会ったのはいつだったか
おそらく彼と同じくらいの歳の時だったはずだ
あれから豊島で働いて、
嫌というほどあの場所にはいたのに
あそこに何かしらの答えを求めて
今日も足を運んでしまった
もうそこに答えなんてないとわかっていても
心臓音のアーカイブで自分の2年前の音をきく
何故か今の方が音が速い
理由はわかる、
コメントをちゃんと考えていなくて
とても時間がかかったからだ
2年前の私の音は
これから先もその隣の人物と
一緒に心臓を鳴らしていけることを
信じて疑わぬひたむきな音だった
今一度ひとりに立ち返って
はじめてひとりで自分の心臓音に向き合った
君が一生懸命生きている音がする、
と言ってくれた彼の言葉を思い出した
あれから2年だか3年だか
別の人を想って私は泣いているし
これから2年もしないうちに
私はまた誰かを愛せるのだろう
自分の恋愛脳をどうにか出来ないものだろうかと
流れていく水に問いてみたけれど
水は変わらず溢れ、ただ流れていき
大きな水溜まりを創っていくだけだった
ある種の諦めを教えてくれる場所は
なによりも救いのある場所なのかもしれない
さぁ東京に戻ったら
好きな酒場に行って、お土産を渡そうかな